離婚する際には、財産分与の一環として年金分割を忘れずに検討するべきです。
既に年金受給年齢に達している熟年夫婦の離婚の場合だけでなく、若い世代の離婚の場合でも老後の生活の糧として年金分割を考慮しておくのは大切なことです。
ただ、年金分割の制度は少し複雑で、誤解している人が多いのが現実です。
離婚条件の協議を適切に進めるためには、年金分割の正しい知識を持っておく必要があります。
この記事では、離婚による年金分割の仕組みをご紹介し、ケース別の注意点も解説していきます。
年金分割は厚生年金保険法で定められた制度ですが、離婚すれば同時に年金が分割されるような制度ではありません。
夫の年金の2分の1を必ずもらえるという制度でもありません。
以下、年金分割の仕組みを解説していきます。
はじめに、年金の構造を理解しておきましょう。
年金は以下のように3階建ての構造になっています。
人によって1階部分しか加入していなかったり、1階部分+2階部分に加入していたり、1階部分から3階部分まですべて加入しているケースがあります。
これらのうち、年金分割の対象になるのは 2階部分の厚生年金のみです。
なお、公務員や私立学校教職員は昔は共済年金に加入していましたが、共済年金は平成27年10月に厚生年金に統一されました。
この記事では、昔の共済年金も含めて「厚生年金」と記します。
3階部分は年金分割制度の対象にはなりませんが、婚姻期間中に築いた財産であれば、通常の財産分与の問題として話し合うことになります。
1階部分の国民年金は分割や分与の対象になりません。
2階部分の厚生年金は分割の対象になりますが、必ずしも2分の1がもらえるわけではありません。
分割の対象になるのは、夫が厚生年金に加入していた期間で、かつ、婚姻していた期間に対応する部分だけです。
たとえば、夫が40年厚生年金に加入していて、そのうち婚姻していた期間が30年とすれば、分割の対象となるのは老齢厚生年金の 4分の3だけということになります。
この「4分の3」を年金分割制度によって分割するわけです。
分割割合は最大で2分の1なので、妻がもらえるのは最大で8分の3ということになるのです。
年金分割制度は、夫が婚姻中に納めた厚生年金保険料は夫だけの力によるものではなく、妻の支えもあって共同で納めたものだから、それを分割するという考え方から生まれたものです。
したがって、婚姻中以外の期間に夫が納めた分については分割されないのです。
分割の対象となる年金を分割する割合(按分割合)については、 2分の1を上限として自由に話し合いで決めることができます。
話し合いがまとまらない場合は、調停や審判、訴訟といった裁判で決めてもらうことになります。
裁判では、当事者の寄与の程度その他一切の事情を考慮して按分割合を決められますが、別居が長期間に及んでいるなど特別の事情がある場合を除いて、大半のケースで2分の1とされているようです。
上記のように当事者間の話し合いで按分割合を決める方法を「合意分割」と呼びます。
年金の分割方法にはもう1種類「3号分割」と呼ばれている方法があります。
3号分割なら、当事者間の合意や裁判所の決定がなくても、自動的に按分割合が2分の1になります。
要件を満たせば、相手方に知らせなくても単独で年金分割の申請をすることができるという、便利で強力な方法です。
サラリーマンや公務員の妻である専業主婦やパート勤務の主婦など国民年金第3号被保険者が申請できる制度なので「3号分割」と呼ばれています。
3号分割のデメリットとしては、分割の対象となるのが2008年(平成20年)4月1日以降の分のみであるということです。
それより前の分は合意分割による必要があります。
これでは熟年夫婦の妻にとってはメリットが少なかったので、実務上はあまり利用されてきませんでした。
しかし、2008年(平成20年)4月1日以降に結婚した夫婦の場合は、むしろ妻にとってメリットしかなく、デメリットはありません。
なお、ご自分のケースで合意分割と3号分割のどちらが有利になるのかについては、年金事務所で相談すれば教えてもらえますので、活用しましょう。
年金分割の仕組みについて、専業主婦の場合の例を簡単な図にまとめてみましたので、ご参照ください(図1)。
図1)
合意分割でも3号分割でも、離婚して申請すればすぐに分割した年金がもらえるわけではありません。
分割した年金をもらえるのは、妻自身が年金の受給資格を満たしてからです。
年齢はもちろん、資格期間や所得などすべての受給資格を満たす必要があるので注意が必要です。
なお、妻が受給資格を満たす前に夫が死亡した場合でも、分割した年金は妻の生存中は受け取ることができます。
年金分割の仕組みについて説明してきましたが、ケースによっては注意が必要なこともあります。
そんなケースをいくつかご紹介します。
年金分割の対象になるのは厚生年金だけです。
国民年金は分割されません。
したがって、配偶者がずっと国民年金だけに加入していて厚生年金に加入していなかった場合は分割する年金がないことになります。
自営業者やフリーランスとして生計を立ててきた夫の妻は年金分割をしてもらえないのです。
なお、配偶者がどこかに勤めていたとしても、厚生年金に加入していないというケースもあります。
非正規雇用だったり、個人事業主に雇われていたり、同族の小規模な会社に雇われていたケースに多くあります。
厚生年金の加入条件を満たしている従業員を加入させないのは雇い主の違法な対応なのですが、適法に厚生年金に加入して保険料を納めていなかった以上は、残念ながら分割できる年金はありません。
年金分割は専業主婦だけが申請できるものではなく、妻も働いていた場合も申請することができます。
ただし、共働き夫婦の場合は夫の厚生年金だけを分割するのではありません。
婚姻期間中に妻も厚生年金保険料を納めていたのであれば、夫が納めた分との差額を分割するのです。
たとえば、夫が厚生年金に40年間ずっと加入していて受給する老齢厚生年金が月18万円だとして、婚姻期間は30年、その間妻も厚生年金にずっと加入していて受給する老齢厚生年金が月9万円だとします。
この場合は、受給額の差額である9万円に4分の3(婚姻期間30年÷夫の厚生年金加入期間40年)を掛けた6万7500円が分割の対象になります。
按分割合は2分の1が上限なので、妻が受け取ることができるのは最大で3万3750円ということになります。
なお、共働きではあっても妻がパートやアルバイトで厚生年金に加入していなかった場合は、夫の厚生年金だけが分割の対象になります。
年金分割は妻だけが申請できる制度ではありません。
たしかに、実際には妻からの申請により夫の年金を分割するケースがほとんどなのですが、それは夫のほうが多額の厚生年金をもらっているケースが圧倒的に多いためです。
妻のほうが多額の厚生年金をもらえるケースでは、夫からの申請により妻の年金を分割するケースもあります。
夫のほうが収入が高かったとしても、厚生年金の受給額は妻のほうが高ければ、妻の年金が分割の対象になるので注意が必要です。
夫が自営業やフリーランスとして高収入を得ていても、妻が仕事をして厚生年金を納めていれば、夫が分割を申請すれば妻の年金を分割しなければならなくなります。
申請するかどうかは自由なので、夫からはあえて申請していないケースも多いと思われますが、3号分割を申請されれば拒むことはできません。
離婚協議書や離婚調停、訴訟などで「年金分割はしない」と定めていたとしても、年金事務所はそれには拘束されず、適法に分割申請がなされると分割されてしまいます。
分割された年金を取り戻すためには、約束を破って年金分割を申請したことを理由に、相手方に対して損害賠償を請求することになります。
年金分割の制度は複雑で、正確に理解することは大変かもしれません。
しかし、熟年のご夫婦はもちろん、若い世代のご夫婦であっても老後に後悔しないために、離婚時に年金分割を検討するのは大切なことです。
わからないことがあれば年金事務所や、弁護士などの専門家に相談するのも良いでしょう。